元NHK
報道局 スポーツ
報道センター
経理職員

A:2005年4月、現役職員だった頃の懺悔(週間文春) B:2005年8月、受信料乱費の実態(月刊現代)

 

AAAAAA

1. 年200億円の公印2. 初めて不正経理に
気づいたとき〜
自らの不正経理
3. 不正の中身と、
私の 懺悔

2005年4月14日号 現役職員時の内部告発

■年間200億円の公印■
私の週刊文春での告白記事内容を知らない人が多いので記事の書き込みます。
2005年4月14日号2323号

NHK現役経理職員立花孝志氏懺悔実名告白「私が手を染めた裏金作りをすべ
てお話しします」五輪での飲食費から機材盗難の穴埋め処理まで、皆さまの受
信料流用の許されざる実態

私は、1986年4月1日にNHKに入局し、和歌山局の庶務部に5年、大阪局の
経理部に1年、大阪局の放送センター編成総務で、経理担当を6年、東京の本局
の報道局スポーツ報道センターで経理担当を6年やってまいりました。

そして昨年、磯野克巳の巨額横領事件が発覚した日の翌日、7月21日に編成局
(経理)に異動になりました。磯野克巳の巨額横領事件発覚以降、NHKの不
祥事が相次ぐなか、私は本当に悩んできました。もちろん、私以外の多くの職
員も、NHKについて悩み、考える日々だったと思います。ただ私の場合、「経理」
という、まさに直接お金を扱う立場にいました。スポーツの担当をし、オリンピ
ックなどのビッグイベントの経理担当を務めるなど、かなり大きなお金を管理
する仕事に携わってきただけに、とても他人事とは思えない衝撃をうけました。

私が携わっていた、スポーツ報道センターの年間予算は、約200億円です。そこの
決定印、つまりスポーツ報道センター長の公印を私は持たされていました。
もし私が
その気になれば、簡単に磯野さんの何倍もの額の不正を働けたのです。もちろん、
私は皆さまの受信料であり、公金でもあるNHKの予算を私的に懐に入れたこと
はありません。ただし、番組作りの士気を高めるための息抜きや打ち上げ、裏の
社会に潜入取材をするような際には、領収証のないお金も必要だと考え、結果的に
不正な経理処理に手を染めたていたのは紛れもない事実です。

こんなことがいともたやすくできる性善説に基づいた甘い経理システムでは、いつまた
第二の磯野事件が起きないとも限りません。NHKの経理システムは、本当に
世間の常識とかけ離れており、
変なところに厳しい一方で、ものすごくズサンな部分
がある。その中で私は18年間仕事をし、むしろ率先してそのシステムを利用し
続けてきたのです。その私に罪の意識を芽生えさせ、こうして皆さまにお詫び
しなければならないと決意させたきっかけが、磯野事件だったのです。

昨年9月9日以降、国会を生中継しなかったことで、NHK批判が大変な勢いで
高まっていきました。9日の夜、特別番組の収録を終えた海老沢勝二前会長と私は
廊下ですれ違いました。前会長は、7〜8人の取り巻きを引き連れ、両手をポケット
に入れて、まさに肩で風を切る、といった様子でした。「俺、今日いったい何回
あやまったんだ!」などと回りに言いながら、悠々と引き上げていったのが、
印象に残っています。2日後の11日に特別番組を見ました。民主党の中村哲治
議員が厳しく追及し、退陣を促すシーンなどがカットされており、その露骨な
編集
驚き失望しました。

これを一つの契機に、私は、不適切なNHKの経理に加担してきた罪の意識や、
NHKはどうなっていまうんだ、という不安にますますさいなまれるように
なりました。発熱やのどの痛みが続くようになり、ついには主治医から
「うつ病」と診断されました。以来、自宅で療養していたところ、1月25日に
海老沢会長が辞任しました。後任には内部昇格で、橋本元一氏が起用された。
正直に申し上げると、改革の兆しは何も見えませんでした。このまま誰も声を
上げなければ、改革をおこすのはどんどん難しくなる。何とかNHKにプラス
になる行動を起こそう、そう決めると、うつ症状が和らいでいき、自分の病の
原因が改めてよくわかりました。NHKの不適切な経理に当事者として関わって
きた自分が、偉そうに告発をする資格があるのか、とも思いました。また、私には
妻も二人の子供もおりますし、本当に悩みました。内部告発をすることによって、
職務規定違反でクビになねかもしれない、という恐怖もいまだに消えません。
ただ、一方で、橋本会長が先日理事を一新したときに言った、「清新な体制」という
言葉がどこまで視聴者に納得してもらえているのか、とても心配です。

  私の考えを、NHKの労働組合や所属部署の上司、NHKの野球チームの仲間
などにも何度か訴えました。ある上司(経理局予算部長)には一時間、
電話で訴え続けましたが、話し合いは平行線でした。野球チームの仲間全員にも、
メールを送りましたが、やはり良い返事が返ってこない。みんな、いきなりそん
なことを言われても困ってしまう、ということもよく分かります。
私もしばらく
休職し、家族の励ましのもとでゆっくり考える時間があって初めて決心できたこ
とです。そこで、海老沢会長を辞任に追い込んだ「週刊文春」で、私が経理担当
として過去にやってきたこと、見聞きしてきたことを、全てお話しすることにした
のです。今からでもまだ間に合うのなら、一刻も早くすべてをザンゲしようと決め
たのです。

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